雪の日にーラマナ・マハルシの言葉その8

今日は今年一番の寒波が訪れて神戸の都市部でも雪が降っています。 目の前の雪景色を見ながら、 「今ここ これしかない 他には何もない」と思っていました。 今日ご紹介するラマナ・マハルシの言葉は ー 真我は今ここにあり、唯一それだけだ。 − 「静寂の瞬間…

自分の仕事が嫌いだと思っている人へーラマナ・マハルシの言葉その7

自分の仕事が嫌で辞めたいと思っている人はけっこう多いとおもうのですが、 そんな人に読んでほしいラマナ・マハルシの言葉を紹介します。 ー 「私が働いている」という感覚が邪魔者である。あなた自身に「誰が働いているのか」と尋ねなさい。 起こるべく定…

瞑想すると余計に思考が気になる人へーハートに響いたラマナ・マハルシの言葉 その6

最近瞑想が習慣的化してきたのですが、 そうなるまでは「瞑想中も思考だらけだ」とか…「また眠ってしまった」とか実に様々なことが気になって、しばらく瞑想から遠ざかっていたことがありました。 そんな時出会ったラマナ・マハルシの言葉を紹介します。 ー …

ハートに響いたラマナ・マハルシの言葉 その4

至福はあなたの本性につけ加えられるものではない。それはただあなたの真実で自然の状態として、永遠で不滅の状態として現れる。 あなたの本当は無限の純粋な存在であり、絶対の真我であると知りなさい。 あなたの嘆きを乗り越える唯一の道は、真我を知り、…

分離がないとは…?ハートに響いたラマナ・マハルシの言葉 その5

最近TVのドラマで思わず殺人を犯してしまうシーンを見た瞬間、殺人犯が殺人に至る感情の動きが手に取るようにわかり、「これは私だ」と気づいたことがありました。 もちろん、私は殺人を犯した記憶はないのですが、殺人でなくても刺激に対する瞬間の反応は…

ハートに響いたラマナ・マハルシの言葉その3

自己の本性を悟ることが解脱である。 「静寂の瞬間 ラマナ・マハルシとともに」より

ハートに響いたラマナ・マハルシの言葉 その2

幸福は、真我の本性そのものである。 私たちは無知ゆえに、対象物から幸福を得るものと思っている。 眠りの状態、サマーディ(三昧)、失神状態、あるいは願った対象物が得られたとき、嫌いな対象物が消え去ったときには、心は内面に向かい、清らかな真我―幸…

ハートに響いたラマナ・マハルシの言葉 その1 

すべての生きものは苦しみがなく、いつでも幸福であることを願っている。 私たちひとりひとりについて考えてみても、そこに自己の至上の愛があることが認められる。 その愛の源はただ一つの幸福である。 人間の本性である幸福、意識のない深い眠りの中で体験…

腰痛のおかげで大きな気づきがありました。

昨年12月25日大阪和サンガ4期継続コースが行われたのですが、前夜のクリスマスイヴに突然歩くのもきついといった腰痛に襲われたので、やむなく25日の和サンガを休むことにしました。 ところがそのおかげで大きな気づきがあり、大阪和サンガのメーリングリス…

本質(真の私・全体性)には無限のパワーがある。

よく「〜に元気をもらった」ということを言ったり聞いたりする。 それを言う時、私たちは圧倒的に人や言葉・音楽等々の現れから元気をもらったという認識がある。 けれど、現れは起こっては消えていく幻だから、パワーはない。 元気をくれるようなパワーは、…

個人を超える

小包を配達にきた郵便配達員さんに 「ご苦労様」と言いながら受け取り票にハンコを押す 私が私に「ご苦労様」と言っている 個人を超える一瞬 毎瞬毎瞬 私は私に出会う 無数の私に出会う 無限の私に出会う 本当の私とは無限の存在 無限とは限りが無いというこ…

愛に満ちている

何かのために過ごさないということは満ち足りている 今日はそんな何もない静かな一日 愛に満ちた一日 愛しかない一日 本当は 毎日が 一瞬一瞬が 愛に満ちている

全体性の本質は愛そのもの。

常に存在し続けている全体性(真の私)は何もない(空)けれど、その何もない全体性から全ての現れ(色)が生み出されては、何もない全体性へと帰っていく。 言わば全体性は全てを生み出し、全てを受け入れて包み込む母のような存在。 全体性は選り好みも差…

色即是空 空即是色

「色即是空 空即是色」とは「般若心経」にでてくる有名な言葉ですが、ことの真実(命の本質)を最もシンプルに言い表したお釈迦様の言葉を漢字で表記したものだと言われています。 私たちが生きていると思っているベースは全く何一つない世界(空)であって…

誰のものでもなく何の原因もない思考・感情・想念・言動が何もないところに自動的起こっている。

最近ちょっと面白いことがありました。 ある人と話をしている時、なんの前触れもなくいきなりイラッとしたのです。 しかし、イラッとしながら「うんうんなるほど…」と話を聞き続けていました。 この状態を言葉で作文すると、「私はAさんの言動にイラッとし…

永遠の今ここで無常の錯覚が起こっては消えている。

私たちはここからどこへも行ったことがありません。 時間の流れもありません。 永遠の今ここがあるだけです。 過去もなければ未来もない。 過去のように錯覚する思考が今起こっているだけで、未来のように錯覚する思考が今起こっているだけです。 時間が経過…

気づいているのは個人の私ではありません。

つい最近、ほんのちょっとした出来事に巻き込まれて、あれこれ思考したせいかもやもやした気分をしばらく引きずっていました。 そこでこの嫌な気分をしっかり観てやろうと、その気分と共に瞑想をしました。 しばらくすると、その嫌な気分が私から剥がれ落ち…

何ものも自分のものとしない。

伊東Dr.曰く「基本的に思考も気分も行為も、何ものも私のものとしないことを常に覚えておくことです。これはお釈迦さまが弟子にさせていた修練です。」 私たちは思考や気分や行為の全てを自分のものとして日常生活を送っている。 思考や気分や行為等の現れは…

心配しても自分ではどうすることもできないよ。

あれやこれや、心配事は尽きないけれど、心配しても自分ではどうすることもできない。 どうすることもできないのに心配ばかりしていると、皺もできるし身体も悪くなる。 自分でどうすることもできないのだから、抵抗せずに諦めて流れに任せたほういい。 お任…

何が起きても慌てふためくことはない。

何も考えようとは思っていないのに、どこからか次から次へと湧いてくる思考…。 本当に予告もなく突然ボコッと湧いてくる。 自分が考えようとは思っていないので、自分の考えでは決してない。 思考しているのは個人の私では決してない。 湧いてくる元がわから…

この世の全ての現れを表現しているのもそれを見ているのも全体性である(林檎が林檎を見ている)。

この世は実に様々なことが起こってる。(と錯覚している) 情報や実体験やら、私たちは様々な出来事に出会う。(と錯覚している) いいこと悪いことhappyなこと悲惨なこと…。(と錯覚している) しかししかしである。 それらこの世の全ての現れは、いっさいが…

自己の本質(平和・愛・静寂)は常に傍に存在している。

雲間に見える青空のように私たちの本質は、思考と思考(現れと現れ)の隙間にただある。 どんなに雲が多くてもその背後には必ず青空が存在するように、私たち自己の本質(全体性)は現れのすぐそばに静かにただある。 死んでしまいたいほど悩み苦しんでいた…

思考は常に現れに反応する

外を歩いていると、以前料理教室だったお店が、植物に囲まれたカフェになっていた。 オープンの準備をしているオーナーを見ながら、「料理教室のオーナーは以前病気で休まれていたことがあったので、身体の調子が悪くなってお店をやめたのだろうか?」に続い…

二極を超えて

全体性が二極を表現しているのだが、私たち個人は、「自分が二極の間で葛藤している」と錯覚して悩み苦しむ。 そしてAかBかどちらが正しくてどちらが間違っているのかと思考する。 どちらも正しくはなく、どちらも間違ってはいない。 真実は二極を超えたと…

全て「神(全体性)の思召すまま」

最近世界的に予想に反する大きな出来事が起こっている。 つい先日のアメリカ大統領選挙で予想に反してT氏が大統領に選ばれた事、そして6月に行われたイギリスのEU離脱国民投票…。 それぞれの国民は結果に反対するデモを行ったり、別の国へ移民すると言っ…

この世の全ての現れの主体は全体性である。

個人のように見えるものがブログを書いているのかもしれないけれど、私は私の全体像を見たことがないし書いているところも見たことがない。 書いている内容を前もって知っているわけではなく、ただ浮かんできた思考を言葉に置き換えているだけである。 ブロ…

この世的世界観とは真逆

非二元や悟りの道を探求する人は、どこかでこの世的な自分とおさらばすると腹をくくる必要があるのかもしれません。 何故ならば、非二元の世界観は、この世的な世界観や価値観とは全てがまるで逆なので、この世の的世界観や価値観で非二元を捉えてしまうと、…

悟りも一つ

前回「エゴは一つ」というタイトルでブログを書いたので、今日は「悟り」について書いてみようと思います。 よく「〜さんは悟っている」などということを言いますが、本当のところ悟っている人などいません。 私という個人がいないのだから、個人が悟るとい…

エゴは一つ

時空の外ではエゴはただ一つしかないが、時空の中ではたくさんのエゴが存在しているように感じられる。(伊東Dr.の言葉) 例えば夫と妻が喧嘩をしている時二つのエゴが対立していいるかのように思われるのだが、本当は一つのエゴが二つに分かれているように…

今とは…?

「空間には何も起こっていない」で本当の今とは現れ(思考)の少し前であり、そこでは何も起こっていないという伊東Dr.の言葉を紹介しましたので、自分なりに「今」について考えてみました。 本当の今は時間空間もないところなので数字で表すことはできない…